手癖
焼きポムを食べ終え、頬杖をついた。甘さの余韻に浸りながら思考を巡らせる。
買い物をして満足したものの、財布は軽くなってしまった。
「そろそろ…かな」
次の標的は誰か。
混雑してきた店内で、ぐいぐいと酒を煽るツバキの姿が目に入った。
隣でキキョウがうつらうつらと舟を漕いでいる。
盗るのに抵抗を覚えたことはない。
稼ぐのも盗るのも、結局金の移動に他ならない。
言葉遣いと容姿で、財布内の金額が予測出来る。
「そこそこ良さげだね」
人差し指と中指を曲げ伸ばししながら、財布の位置を確認した。
盗る前にはこの動きを欠かさなかった。昔からの癖だ。今ではお守りみたいなものだと思っている。
手繰り寄せ法よりはスタンダードな方法が良さそうだと判断し、脳内でのシュミレーションを繰り返した。
テーブルの上の食器を重ね、トレーに載せて立ち上がる。
そのままカウンターに向かい、片手でトレーをウィアラに渡すと同時、既にもう片方の手は標的を捕らえていた。
「ウィアラさん、ありがとね〜♪」
「はーい、そこ置いといていいわよ」
踵を返す時には、自分のポケットに獲物が入っていた。
が、今回は上手くいかなかったようだ。
「おい」
気付くと腕を掴まれ、身動きが取れなくなっていた。
あの、精悍な顔をした青年だった。
「ん? どうしたの」
「お前今盗っただろう」
「えっ、なに?」
どんな状況下でも表情を変えるなという教訓は、こんな時に生きてくるのだろう。
「惚けたことを抜かすな。返さなければこの場で斬る」
「物騒だな〜」
殺気を感じながらも逃げ場を模索していると、
「まーまーキキョウちゃん、その辺にしとけって。ここは俺の奢りでいいからパーッと飲もうや〜」
ツバキがニィッと笑い、キキョウの腕を解いた。
代わりに肩をがっしりと掴まれ、ツバキの顔が触れそうなほど近づけられた。
思わず仰け反ると、切れ長の目が細められ口角が上がった。
見透かされたような視線はあの人に似ていた。言いようのない感覚が、背中にはしった。
「ってなワケで、お財布返してもらうよ〜。一緒に呑もうぜ、べっぴんさん」
「…は、はは…」
「ちょっとツバキさん!」
キキョウの抗議も虚しく、酒を交わす約束が取り付けられてしまった。
ツバキは、よく呑みよく笑う人だった。眉間に寄せる皺は深く、苦労人であったのだろうと思われた。
対するキキョウは、感情を推し量ることの出来ない寡黙な青年だ。どこか自分に似た空気が漂っていた。
「お前、何処の盗賊だ? 俺から盗れる奴なんてなかなかいないぜ」
「へぇ、見えてたんだ」
今までにスリを失敗したことは何度もあるが、視認出来ていた人間は数少なかった。
ツバキもキキョウも、相当な動体視力を有しているようだ。
「お前ツバキさんに向かっ…むぐっ」
「キキョウちゃん、お口チャーック。悪ぃな、根はいい子なんだ」
食ってかかろうとするキキョウの口を、ツバキが手で塞いだ。
返事に窮していると、ツバキも何かを察したのだろう。それ以上は訊いてこなかった。
「ま、俺らは暫くこの国にいるからよ、困ったら言えよ」
それは泥棒相手に言う台詞なんだろうかと思いながら、苦笑で応えた。
「それと…」
一瞬の隙も無く、ずいっと身体を寄せられた。仰け反って初めて、腰に回された手に気づいた。
この人はその道でも、手練れのようだ。
「俺の部屋ならいつでも空いてるぜ」
目が、本気だ。
「え…遠慮しとくよ〜」
冷や汗をかきつつ、やんわりとツバキを押し退けた。
キキョウが大きなため息をついたのが聞こえた。